| 国鉄時代の四国 |
| 民営化される直前、昭和61年12月の四国です。この時代の四国は、まだ瀬戸大橋開通以前で、連絡船が就航しており、船上でのうどん屋が名物でした。列車では、新規に投入された185系が稼働を初めてまもなく、そして今となっては昔のことになってしまいましたが、夜行列車がまだ走っていました。高松を起点として宇和島までが急行「うわじま」、高知へは50系普通列車でした。20年ほど前のことですが、隔世の感があります。 |
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今となっては懐かしいオリジナルカラー、客席前面が開放されかぶりつきができるのが従前の国鉄スタイルではない斬新さを感じた。この形式が、四国のみに投入されたのも民営化をにらんだものだった。(高松) |
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午前0時をすぎて高松を出発するうわじま1号。新幹線0系の座席が廃物利用で使われていた。 |
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実質的本線たる内子経由ではなく、伊予長浜経由だった。この「うわじま」を含め予讃線にはまだかなりの急行が走っていたのだから今となってはちょっと驚き。 |
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これは高知行き夜行列車。四国の50系も懐かしい。年末だが空いていたと記憶している。これでは廃止もやむなしと思わざるを得ない。 |
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高松で発車を待つ。 |
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高松に到着した徳島からの急行「阿波10号」。高松−徳島間高徳線はまだ特急が走っておらず、優等列車は急行のみだった。 |
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徳島の発車案内。表示板が懐かしい。 |
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グリーン車の廃品を利用した座席車も走っていた。もちろん、普通車。 |